神様、お札(ふだ)、お守りの数え方をご存知でしょうか?
神様を一人、二人とか言ってませんか?外国の神様の場合はそれでもいいかもしれません。
でも、日本の神様は一柱、二柱と数えます。
お守りやお札も数え方が決まっています。
日本語では数える物によって数字のあとにつく言葉がかわります。1個、1人のように。
数字の後につく「個」「人」を専門用語では「助数詞」といいます。単位のようなものです。もともと漢字を使う国(使っていた国も含む)には数助詞を使うのが当たり前でした。
でも日本ではさらに数助詞が細かく決められています。世界で一番数助詞が多い国になっているのです。
神様にまつわる数え方について紹介します。
神様の数え方
神様はどうして柱?
日本の神様を数えるときにも独特の数え方があります。
神様は一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)、三柱(みはしら)と数えます。
柱(はしら)が神様を数えるときの数助詞です。
神様は人ではありません。ではなぜ「柱」なのでしょうか?
縄文時代の日本人は巨木を神聖なものとして崇拝していました。日本は森が多く緑豊かな土地です。森のなかでも特に大きな木には神様が宿ると考えていたのです。現在でも神社などには御神木があります。これも巨木が崇拝の対象だった時代の名残なのです。
縄文時代も後半になると神様が降臨するのは自然の木だけではなくなりました。人間が建てた大きな木の棒も自然の巨木と同じように神様が宿るようになったのです。三内丸山遺跡からは柱のあとが発見されています。現在は櫓のようなものが復元されていますが、本当は柱だけだった可能性が高いです。
諏訪神社では現在でも柱が神聖なものとして建てられています。これも縄文時代からつづく巨木・柱信仰の名残です。弥生時代や古墳時代になっても柱を立てる=神様をお祀りするという考えは続きました。
事実、伊勢神宮の本殿の中には密かに大きな柱があります。式年遷宮をしてもこの柱だけは変わりません。古代には柱を御神体をしていた名残だともいわれています。
時代と共に御神体は柱でなくてもいいようになりました。鏡などの人工物でも降臨することができるようになったのです。
それでも「柱や巨木が神聖なもの」という考えは現在も残っています。
神様を一柱、二柱と数えるのは日本人が巨木や巨木を模した柱を御神体としていたころの名残なんです。
また平安時代に作られた延喜式では一座、二座と書かれています。座(ざ)が数助詞なんです。神様がそこに鎮まること(降臨すること)を「鎮座」といいます。「何柱の神様が鎮座しているか」というのを表現した数え方です。ちょっと特殊な数え方なので、普通は一柱、二柱でかまいません。
お神輿は 基(き)が数助詞です。一基、二基と数えます。
お札の数え方
お札(ふだ)やお守りにも数え方があります。
御札は紙だから一枚、二枚と数えてませんか?違いますよ。
御札の数え方は 体(たい)です。
一体、二体と数えます。
お守りの数え方
お守りはどうでしょうか?一個、二個と数えてませんか?それも違います。
お守りの数え方も 体(たい)です。
一体、二体と数えます。
御札は神様の力を分けていただいたもの。ただの物とは違います。御神体のミニチュア版みたいなものです。もちろん御神体ほどの力はありませんけれど。神様の力を分けていただいたものなのでそれと同じような感覚なのですね。
もともとお守りは御札を携帯できるように小さくしたものです。だからお守りも御札と同じ数え方をするのですね。古い由緒あるお守りは御札を小さくしたようなものが入っていますね。これは携帯型の御札の名残なんです。
今ではお守りも様々な形のものがあります。でも形は違ってもお守りの数え方は一体、二体なんですよ。
まとめ
日本の神様には独特な数え方があります。
神様の数え方は 柱(はしら)。一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)。
お神輿の数え方は 基(き)。一基(いっき)、二基(にき)。
御札とお守りは体(たい)。一体(いったい)、二体(にたい)。
と数えます。
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