干支はどうして「えと」と呼ぶの?なぜ動物なの?

 

干支(えと)と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

十二支の動物のことを思い浮かべますよね。

現代日本では干支=十二支の動物 と考える人がほとんどだと思います。

でも本当は干支=十二支の動物ではないのです。

十二支=動物でもありません。

干支とはいったい何なのでしょうか?十二支とはいったいなんでしょうか?

干支と十二支の不思議を紹介します。

干支とは

干支を簡単にいうと「十干」と「十二支」のこと。

だから

支」の干は「十干」

「干」の支は「十二支」

の意味です。

では「十干」と「十二支」は何でしょうか?

十干とは

十干は現代日本ではほとんど忘れられてしまいました。

十干とは「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」のことです。

「甲乙つけがたい」の甲乙ですね。

古代の人は数を数えるのに指をおって数えていました。指の数は両方あわせて10ですから。1から10までの数を数えることができます。古代人にとって指で数えるのは大きな発明だったでしょう。

つまり十干とは10本の指という意味です。

なんで数を数える必要があるかというと、日を数えるためです。

日本でも「指折り数える」といえば日にちを数える意味の言葉です。

指を使って1から10まで数え、それを3回繰り返すとひと月になります。

だから「甲」が一番偉くて「丙」が悪い。という意味ではありません。単純に「数」を意味していたんです。

しかし「甲乙丙丁・・・」は数や順番を意味する言葉として便利なことから様々な場面で使われました。アルファベットの「ABC・・・」をランク分けに使うのと似ています。

十干は後に陰陽五行説と結びついて様々な意味がうまれます。陰陽五行説とは「木火土金水」と「陰と陽」を組み合わせて世の中の仕組みを理解するという考え方です。

陰陽五行説では十干をこのように割り当てました。

   十干  兄弟(えと) 陰陽
 木  甲  兄  陽
 木  乙  弟  陰 
 火   丙  兄  陽 
 火   丁  弟  陰 
 土   戊  兄  陽 
 土   己  弟  陰 
 金   庚  兄  陽 
 金   辛  弟  陰 
 水   壬  兄  陽 
 水  癸  弟  陰 

 

甲と乙は同じ木の属性ですが、甲が兄(陽)、乙が弟(陰)の関係になります。こうして十干すべてに五行と陰陽をあてはめていきました。

陰陽五行説では十干を植物の成長にあてはめました。世の中の変化を植物の成長に例えることで、自然界のしくみを理解しようとしたのです。そのため十干=植物の成長という考えが広まりましたが。

もともとは十本の指で日にちを数えることから始まったのです。

十二支とは

十二支の歴史は古く、殷王朝(紀元前17~11世紀)のころに誕生したといわれます。

古代の人々は星の動きを調べて時を数えるのに使っていました。夜空に輝く辰星(しんせい)がどこにあるのかで年の流れを判断したのです。辰星といっても「そんな星はないよ」と思うかもしれません。辰星とは「中心になる星」という意味です。王朝によってどの星を辰星にするかは違います。

十二支ができた殷王朝の時代には木星を辰星にしていました。殷王朝の人々は木星が12年かけて空を一周することを知っていました。そこで空を十二等分して「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」という漢字をあてはめました。辰星がどこにあるかで何の年かを判断していたのです。この分け方を十二辰といいます。

なぜ木星を辰星にしたかというと、夜空で一番明るい星が木星だからです。「一番明るい星は金星じゃないか」と思うかもしれません。でも金星は夕方と明け方しか見ることができません。夜空にいつも輝く星で一番明るい星は木星だったからです。

十二支では子が北、卯が東、午が南、酉が西です。「1月1日の夕方の真北に辰星があるから今年は子年だ」とわかるわけです。

十二支は方角のことだったのです。

また十二支の考え方は月を数えるのにも使われました。1年は12ヶ月だったので十二の呼び方がある十二支は便利だったからです。さらに日や時の数え方にも使われるようになります。

子が1月、丑が2月。このように月ごとに十二支をあてはめていきました。今どの月なのか北斗七星の位置で判断していました。

こうして十二支は年や月、時刻、方角を知る方法として広まりました。

日本では旧暦の11月が子になっています。

十二支は後に陰陽五行説と結びつき様々な意味を持つようになります。十二支は植物の成長や生命の循環だという説明は陰陽五行説と結びついてできた考え方です。

十二支はどうして動物なの?

十二支に「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の漢字をあてはめたまではよかったのですが、当時の人々のほとんどは字が読めません。暗号のような漢字で書かれても理解できない人が続出しました。

そこで十二支に動物をあてはめることになりました。十二支にそれぞれ「鼠・牛・虎・兎・竜・蛇・馬・羊・猴(猿)・鶏・狗(犬)・豚(猪)」の動物があてはめられたのです。これを十二獣とよびます。なぜこの順番になったのかはわかりません。

十二獣の動物は漢王朝の人々が知っている動物が使われました。

だからエジプト原産で当時は中国大陸にいなかった「猫」は十二支には入っていません。

竜は架空の動物ですが、当時の人々は実際には見たことがなくても存在すると信じていました。

日本に伝わった十二支

十二支の「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」は日本に伝わりました。いつ頃伝わったのかはよくわかっていません。6世紀ごろには既に伝わっていたようです。

十二獣も漢とほぼ同じ「鼠・牛・虎・兎・竜・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・猪」の動物があてはめられました。呼び方は「ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い」です。

一部違うものもあります。日本に伝わった時に猴が猿、狗が犬、豚が猪におきかわりました。古代中国では猴はオナガザル、猿がテナガザルのことですが、日本ではニホンザルしかいなかったので猿がサル全体を意味する言葉になりました。また狗は小型犬、犬は大型犬を意味していましたが、日本では大きさに関係なく犬と書きました。

日本では一部の地域をのぞき家畜の豚を食べる習慣はなく、豚と猪は同じ生き物だと考えられたので猪の字が使われました。

また昔の日本人にとっては竜と同じく虎も「見たことがない生き物」でしたが「存在すると信じられている動物」でした。だから十二支に竜が入っていても不思議に思わなかったのです。竜だけ架空の動物がいると考えるのは現代人の思い込みなのです。

外国の干支

十二支は古代中国から周辺の国にも伝わりました。それぞれの地域で馴染みのある動物に置き換わったものもあります。元になった古代中国の十二獣と様々な国の十二獣を紹介します。

十二支 中国 日本 韓国 タイ ベトナム モンゴル
 子  鼠  鼠   鼠   鼠   鼠   鼠 
 丑  牛  牛  牛  牛  水牛  牛
 寅  虎  虎  虎  虎  虎  豹
 卯  兎  兎  兎  猫  猫  兎
 辰  竜  竜  竜  竜  竜  竜
 巳  蛇  蛇  蛇  蛇  蛇  蛇
 午  馬  馬  馬  馬  馬  馬
 未  羊  羊  羊  山羊  山羊  羊
 猿  猴  猿  猿  猿  猿  猿
 酉  鶏  鶏  鶏  鶏  鶏  鶏
 戌  狗  犬  犬  犬  犬  犬
 亥  豚  猪  豚  豚  豚  豚

 

ほぼ古代中国の十二獣と同じですが、ところどころに国によって違う動物がありますね。
タイやベトナムなど温かい地方ではウサギのかわりにネコが入ってます。
ベトナムではウシの代わりに水牛。
モンゴルではトラの代わりにヒョウがいます。
亥にイノシシをあてるのは日本だけのようです。

干支はどうしてえとなのか?

干支は十干と十二支の意味だったことはわかりましたね。

もともと干支は「かんし」とよびます。えとではありませんでした。

干支は陰陽五行説と結びつきました。

陰陽五行説では、「甲は木の兄」です。兄は「え」と呼びます。「乙は木の弟」です。弟は「と」と呼びます。
兄と弟という字を使いましたが「姉妹」でも「兄妹」でもかまいません。「え」と「と」はペアになってるものの順番を意味する古い日本語だからです。だから陽は「え」、陰は「と」でもいいのです。

こうして十干と十二支は陰陽五行説に取り入れられ日本に伝わりました。干支はすべて「陰」と「陽」のペアでできています。

そこで干支を「えと」と呼ぶようになりました。

明治以降の日本では西洋の考えを取り入れたので、陰陽五行説は廃れてしまいました。

でも十二支の動物だけは残りました。動物というのがわかりやすいからでしょう。

そこで「十二支の動物=えと」と誤解する人が増えたのです。

誤解も広まれば常識になってしまう。なんとも面白いものです。