神道の拍手(かしわで)と仏教の合掌の違い

合掌 スピリチュアルな意味
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私達は神社に行ったときは2回(4回のところも)手をうちます。お寺に行ったときは静かに両手を合わせます。

つまり、神社では拍手(かしわで、柏手とも書きます)。お寺では合掌(がっしょう)するのですね。見たところ似たような作法ですがその理由を調べてみると違う意味が込められていることが分かります。

神道の拍手と仏教の合掌の違いを紹介します。

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拍手(かしわで)の意味

卑弥呼の時代からあった拍手

拍手は古代の日本にありました。

一番古い記録は「魏志倭人伝」。当時の日本には文字がありません(あるいは、あったかもしれないけど残っていない)。でも魏国(古代中国の三国時代にあった国)の使者が邪馬台国で目撃した光景が記録に残っています。

「大人の敬するところを見れば、ただ手をうち以て跪拝(きはい)に当つ」

現代語訳
「尊敬する人に挨拶するときは、ただ手を打って跪(ひざまず)くかわりにする」

跪拝(きはい)とは「跪(ひざまず)いてお辞儀をすること」です。三国志などの中国の時代劇ではよく見る光景です。中国王朝では臣下が皇帝の前でひれ伏して挨拶をします。

古代の日本では人に対して跪まずくのは服従や偉い人にお願いをする時でした。これも邪馬台国の時代からつづく習慣です。いわゆる土下座です。土下座と跪拝は似ていますが意味は違います。

古代には尊敬の意味をこめて挨拶するときは拍手をしていました。

つまり手を叩くことは人への尊敬と挨拶だったのです。

天皇即位の儀式で貴族たちが拍手をする

時代が新しくなて日本書紀にも日本人が手をうっていたことが書かれています。

飛鳥時代の持統天皇4年(690年)正月に持統天皇の即位式が行われました。そのとき持統天皇の前で貴族や役人たちが手を拍(う)ちました。

この拍手には「天皇を尊敬してみんなで力を合わせて頑張りましょう」という意味が込められています。

平安時代にまとめられた「延喜式」(朝廷の規則を集めたもの)には儀式の様子がさらに具体的に書かれています。

天皇の即位式では出席した貴族や役人たちが4回手をたたきます。さらにこれを8回繰り返します。

合計32回も手をたたくのですね。これが儀式として決められていました。これが八開手(やひらて)

という作法です。

天皇即位の儀式では尊敬と祝いの意味をこめて拍手をしていたのです。

神様へ祈りを捧げる作法は人と同じ

古来の日本では拍手は尊い人への挨拶や尊敬を表現する方法でした。古代の日本人は「自分たちが喜ぶことは神様も喜ぶ」と考えて、神様への作法も人への作法と同じにしました。

そこで神様への挨拶と尊敬を表現する方法として拍手を行ったのです。

平安時代の初期(804年)、伊勢神宮の宮司が「皇太神宮儀式帳」という資料を朝廷に提出しました。そこには手を八回叩く「八度拝」が載っています。神職だけでなく勅使が伊勢神宮に参拝するときも八度拝を行いました。八度拝では立って4回礼を行い、座って4回礼をして、拍手を8回をします。これをもう一度繰り返します。

また桓武天皇が造った平野神社でも平安時代には八度拝が行われていました。平安時代の平野神社は皇太子が祭祀を行なう特別な神社だったからです。

古代日本では「8」は「無限」や「たくさん」を意味するめでたい数字です。だから八拍が最高の作法なのです。

ちなみに「八が末広がりだから縁起がいい」という意味が加わったのは漢字伝来以降です。

だから古代には天皇や皇族に関わる格式の高い神社では八度拝が行われていました。八度拝は尊敬や信仰心をあわらす最高の作法でした。

4は縁起の悪い数字ではない

出雲大社や宇佐八幡宮では八度拝に遠慮する形で4拍手が行われました。それ以外の神社でも拍手は4拍かそれ以下。江戸時代以前には4拍以下であれば数にとくに決まりはなく神社ごとにバラバラでした。明治時代に全国で「2礼2拍1礼」に統一されます。

ちなみに古代の日本では4(よん)は悪い数字ではありません。「よん」と「し」は繋がらないからです。中国から漢字と発音(音読み)が伝わり「四」を「シ」と発音したこと。平安時代以降、人々が死を極端に恐れるようになったことから四(シ)は死に繋がると関連付けられたのです。

8は最高を意味する数字、4は8の半分。謙虚さの表現だったのです。

また、現在の私達が行っている「2礼2拍手1礼」は古代から行われている八度拝を誰でもできるように省略した形なのです。

拍手は神様への挨拶と尊敬と表現する作法。

最高の格式が8拍手。現在では伊勢神宮に伝わります。
伊勢神宮に遠慮する形で出雲大社や宇佐八幡宮で行ったのが4拍手。
庶民ができる形に省略したのが2拍手です。

合掌の意味

仏教の合掌とはどのような意味があるのでしょうか?

合掌は拍手とは別の起源をもちます。仏教とともにインドからやって来た作法です。

古代インドでは仏教が生まれる前から合掌が丁寧な挨拶でした。だから古代インドでは仏教徒でなくても合掌していたのです。

現代のインドではヒンズー教徒が多いのですが合掌の伝統はあります。丁寧な挨拶では合掌します。相手に対して深い尊敬の意味が込められています。タイやミャンマーなどの仏教国でも丁寧な挨拶では合掌することがあります。

古代インドでは右手は「清浄」、左手は「不浄」とされていました。現代でもそうです。

仏教では右手は「真理と仏」、左手は「煩悩と人間」を意味します。その両方が合わさると「成仏」になると考えられました。そこで仏教では合掌は「仏と一体になる」「帰依=仏の教えを守りおすがりする」「成仏を願う」という意味があります。

ちなみに。
手のひらのシワとシワをあわせてシワ合せ(幸せ)というのはダジャレ。仏教とは関係ありませんが。前向きな意味にとらえているのでいいと思います。「信じるものは救われる」です。

合掌はインドでは深い尊敬の意味を込めた挨拶。
仏教では仏と一体になる・仏に帰依するという意味。

まとめ

拍手(かしわで)
神道の作法。
古代から続く日本の習慣。
尊敬とお祝いの意味を込めた挨拶。

合掌(がっしょう)
仏教の作法。
古代インド発祥の習慣。
深い尊敬の意味を込めた挨拶。
右手は清浄・左手は不浄を意味します。
両手を合わせて仏になるという意味があります。

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