神社やお寺ではお賽銭を入れる箱があります。
お賽銭にはいったいどういう意味があるのでしょうか?
お願いに必要な費用?
違います。
知ってるようで知らない。
お賽銭の意味と金額について紹介します。
お賽銭の意味
お賽銭は神様へのお礼
賽銭の賽(さい)とはもともとは神様へのお礼の意味です。
お賽銭は願いがかなったとき、日々の平穏を感謝するときに捧げたお金です。それがいつしか日常的にお賽銭を捧げるようになったのです。
古くはお米を捧げていた
現代はお金をお賽銭箱に入れていますが、古い時代にはお米を捧げていました。現在でもお賽銭箱の周辺にお米や食べ物をお供えしているのを見かけることがあります。お米だけでなく海や山で取れた食べ物を神様に捧げていました。
お米に限らず食べ物は神様から授けられた恵みです。狩猟採集時代の古代の人々は自分たちが行きていくのに必要な分だけ獲物を獲って食べていました。
そして必ず神への感謝を忘れませんでした。農耕が始まってからも農作物が採れるのは神様のおかげだとして感謝を忘れませんでした。そのような食べ物への感謝の気持ちがあったのです。
古い時代には神前にまく 散米(さんまい)や、洗ったお米を紙に包んでお供えする「おひねり」でした。
お金が流通すると、人々はお米に替わってお金をお供えするようになります。
お米がお金になると、散米が散銭(さんせん)と呼ばれるようになり、いつしか賽銭と呼ばれるようになりました。
お賽銭の作法
丁寧なお賽銭の入れ方としてはお金を紙に包んで入れるのがよい。ということになります。
でも硬貨を入れる場合はそこまでしなくてもいいですし、全員がお賽銭を紙に包んでいたら神社の人も取り出すのが大変です。無理に紙に包む必要はないと思います。
お賽銭には神様への礼儀の気持ち、感謝の気持ちを表現するものです。お金を乱暴に投げたりしてはいけません。箱に入れるときは丁寧に入れましょう。賽銭箱に手が届かなくて投げなければいけないときも優しく投げてください。
お賽銭の金額はいくら
お賽銭をいれるとき「一体いくらにしたらいいの?」と悩むかもしれません。
でも金額が多いから願いが叶うものではありません。金額の大小は関係ないのです。
良いご縁があるからといって「5円」を入れたり、さまざまな語呂合わせで金額を入れる人もいますがあまり意味はありません。神様にとってはお賽銭の語呂合わせは関心のあるものではないからです。でも「語呂合わせにすることであなたの気持ちが伝わるなら」それでもよいです。「他の人がやってるから私もする」では意味はありません。
金額の大小よりも、どのような想いが籠もっているかが大事です。感謝の気持ちがこもっていないお賽銭には価値はありません。たとえ何万円と捧げても「ありがとうございます」という気持ちがなければ神様は喜びません。「たくさんあげたから願うが叶うだろう」という下心ミエミエでは神様は助けてくれません。
五円硬貨に込められた日本の発展への願い
金額には関係ないと書きました。でも「五円硬貨」をお賽銭にすることは良いことです。というのも五円硬貨そのものが願いが込められた物だからです。五円硬貨をよく見てください。
表には稲穂がデザインされています(法律上は表裏の区別はありませんが造幣局では稲穂の面が表だと言われています)。
日本は農業で発展した国です。お米は日本人の主食です。稲穂は農業の象徴です。食生活やライフスタイルが変わっても弥生時代から続く農耕民族ならではのものの考え方や習慣は消えません。稲穂は私達日本人の生き方そのものを意味しています。
稲の下には水面が描かれています。これは水産業を意味しています。魚介類をとって属することは日本人にとって重要な栄養源でした。
そして穴の周りのギザギザ。これは歯車です。歯車は工業を意味しています。現代の日本は工業で発展した国です。
五円硬貨は日本の発展と私達の豊かさを願ってデザインされたものなのです。五円硬貨そのものが呪術的なアイテムといってもいいかもしれません。お賽銭にピッタリです。
ですからお賽銭に五円硬貨を入れるのは、金額に意味があるのではなくデザインに意味があるのです。
もちろん意味を知った上で気持ちも込めれば良いのはもちろんです。
コメント