お礼まいりはなぜするの?

      2017/02/15

お祈り

お礼参りしてますか?

神社やお寺でお願いをするのはよくあると思います。

そして、願いがかなったら「お礼参り」に行きましょう。

なぜ、お礼参りが必要なのか?
お礼参りに行かなかったらどうなるのか?

意外と知られていない「お礼参り」についてお話します。

 

 

なぜお礼参りが必要なの?

 

人付き合いを思い出してください

 

あなたは人にものごとを頼んだあと、お礼をいいますか?

もちろん、お礼をいいますよね。

自分の都合でなにかをしてもらったのです。
なにかをしてもらったら、それにたいするお礼は必要です。
そうでなければ、「薄情なやつだ」「利用しただけなのか?」
と思われて人間関係は悪くなります。
次からは頼みごとを聞いてくれません。

お礼を言えば相手もいい気分になります。
次も引き受けてくれる可能性は高まるでしょう。

人付き合いではあたりまえのことです。

お辞儀

神様も人つき合いと同じ

 

神様はボランティアであなたを助けているわけではありません。
サービス業でやってるわけでもありません。

「お賽銭を出したぞ」とか「神社にお金を納めているぞ」と思うかもしれません。

お賽銭は気持ちを表すもの、音でけがれをはらうものです。
神様への報酬ではありません。だから金額の大きい小さいは関係ないです。
紙のお金をお賽銭にするのは、お願いする側の自己満足なんですね。

神社に納めるお金は神様との仲介をしてくれた方へ支払っているもの。神様が直接うけとるわけではありません。現代の日本では、神様の居場所を維持管理していくためには金がかかります。そのためのお金は必要です。

でも。もういちど考えて見ましょう。

あなたの悩みは、お賽銭や玉櫛程度のお金でつりあう程度のものですか?

人間に同じ問題を解決してもらったら何十万、何百万とかかる。いえ、人間では解決できない問題だって多いのではありませんか?

感謝の気持ちを伝えることはとても重要なことなんですね。

べつに神社にお金を納める必要はありません(したければしてもかまいません)。
もう一度お参りに行って「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えればいいのです。

そうすれば神様も気分をよくしてくれるでしょう。

次から願いがかなう確率も上がるかもしれません。

お祈り

人付き合いと同じように気を使うこと。

それが大切なんです。

 

なんで神様に気を使わないといけないの?

 

ここまで読んで

「神様ってなんだか人間っぽいね」

と思った方。あなたは鋭い!

日本の神様はキリスト教やイスラム教の神様と違ってかなりゆるい神様です。
古事記を読めばわかると思いますが「本当に神様がこんなことするの?」と思うようなことだらけです。
きまぐれというか、おおざっぱというか、おおらかというか。

日本の神様はもともと自然を人格化したものです。人間の思い通りにならない自然現象は神の意思と考えられました。

全てのものには魂が宿る。人間も自然界にたくさん存在する魂のひとつにすぎない。と古代の日本人は考えました。

空

自然界にある魂がたまたま人の形をした肉体に宿ったものが人間だとしたら。人間がおこなってることも、神様がやってることも似たようなものになってしまうのは当然かもしれません。

だとしたら、人間界で相手が喜ぶと思うことが、神様にもあてはまるにちがいありません。

世界を作って管理している一神教の神様とは根本的に違う性質なのです。

逆に言うと、厳しくない分。きまぐれです。
お願いしても願いがかなうとは限りません。むしろ最初のうちはスルーされてしまうかもしれません。

神様の関心をあなたに向けてもらうためにも、失礼のない方法でお願いするのは当然です。
願いがかなったなら、お礼まいりをしたほうがいいです。

 

お礼参りをしないとどうなる?

 

昔は願いをかなえるには同じくらいの代償が必要だと考えられていました。
だから、大きな願いをするときには「生贄」を差し出していました。

神道という言葉できる以前。
人々が自然は神様そのものだと考えていたころ。
神様は見返りを求める存在でした。
タダ働きはしないものなのです。
しかも粗末に扱うと怒ってきます。それが祟(たたり)です。
ずいぶんと人間的な感情をもってるのが日本の神様なんですね。

でも人間社会が成熟していくと命を犠牲にするのはよくないことだと考えるようになりました。

神社に奉納する「絵馬」は昔は生きた馬を奉納していました。それが絵に描いた馬に変わったのが「絵馬」の始まりです。人柱の代わりに石を納めることもおこなわれていたようです。

命の代わりに大切なもの。財産や食べ物を差し出すことで神様に納得してもらうようになったのです。

各地に伝わるお祭りも、もともとは神様に感謝する行いが行事として伝わったものです。
神様に感謝の気持ちを表現すること。神様に喜んでもらうことで一年のご利益を感謝してまた新しい一年のご利益を願うというのがお祭りでした。だからお祭りは神社ごとに行っています。

 

御香宮祭

御香宮神幸祭

 

 

祇園祭だって疫病の神様に機嫌をなおしてもらって、病気が流行らないようにするためにやり始めたものなのです。

現代では個人レベルで大きなお願いをすることはほとんどないでしょうから、感謝の気持ちを伝えればよいと思います。

会社の経営が立ち直ったとか、大勢の人生を左右するようなことが達成されたときはそれなりの代償は捧げたほうがいいですが。個人レベルのお願いというのは規模はしれています。余裕があれば物やお金をお供えする程度でいいでしょう。

お礼をしないからといって災いが起ると決まってるわけではありません。
でも神様はきまぐれです。「やっぱり見返りをよこせ」と思うかもしれません。

財産や物を失ったり、身内に不幸が起きたり。そういうことがないとは言い切れません。
縁結びをお願いしてパートナーが見つかったのに、別れててしまったとか。金運アップのお願いをして宝くじが当たったけど、破産したとか。

そういう人、まわりにいませんか?
お礼参りをしないからといって、ぜったいそうなるわけではありません。
でも、何かあった時は気持ち悪いです。あとで後悔しないためにもお礼はしておくべきでしょう。

逆にそんなのしたくないというのであれば最初から神頼みはしないことです。

自分だけ得をして平気でいられる人はいつまでもいい思いをしていられるでしょうか。

重要なのは気持ちです。

「ありがとう」と伝えることが神様に気に入ってもらうための秘訣です。

自分がお願いされる立場ならどう思うか。
それを考えて行動するだけでよいのです。

 

 

 - 後利益を授かる作法