摩利支天とはどんな神様?

      2017/07/31

 

摩利支天は密教の守護神。天部というグループに所属する仏の守護神です。もともとはインドの神様でした。

陽炎を神格化した神様ともいわれます。陽炎は見ることもとらえることもできません。だから危害を加えられることはないと考えられました。そのため戦国時代には武将の信仰を集めました。現在でも勝利、開運をもたらす仏として信仰されています。

「仏説摩利支天経」では「天女あり摩利支と名づく。大いなる神通自在の力をもつ。常に日月天の前を行く。日天・月天は彼を見ること能わず。彼は能く日を見る…」とあります。太陽や月が出てくる前、地平線の空がうす明るくなる様子を表現しています。暁の空を擬人化しているようです。

摩利支天はどんな神様なのか歴史とご利益について紹介します。

 

摩利支天の由来

もとはインドの女神マーリーチ

摩利支天はインド密教の女神マーリーチです。マーリーチー(Marici)はインドで「陽炎」や「光線」を意味する言葉マリーチが由来です。太陽や月の光、暁の光がイメージされています。

マーリーチはインドから中国に伝わって摩利支天という漢字の名前になりました。日本には平安時代に伝わりました。

マーリーチの原型は暁の女神ウシャス?

マーリーチという名前はインド密教でつけられたものです。元になった女神はリグ・ヴェーダに登場する暁の女神ウシャスだと思われます。リグ・ヴェーダは古代インドの聖典。バラモン教では重要な教えになりました。ヴェーダの神は密教やヒンズー教に受け継がれました。

ウシャスは太陽が登る前の日が明るくなった空の様子を神格化したものです。ウシャスの光によって闇が追い払われる。隠された宝が明らかになる。と考えました。

リグ・ヴェーダでは太陽神スーリヤはウシャスの後ろを進むと書かれています。古代インドの人々はスーリヤがウシャスを追いかけているのだと考えました。スーリヤがウシャスを捕まえたと思ってもウシャスは消えてしまう。でも次の日にはまたウシャスは戻ってくると考えられました。

太陽が登る前に暁の空が赤くなり、太陽が登ると一面の青空になる。でも次の日には空はまた赤くなる。という自然の移り変わりを表現しているんですね。これは「仏説摩利支天経」に書かれた内容とよく似ています。ウシャスが弓矢を持つ女神なのも摩利支天と同じです。

スーリヤは仏教では日天になりました。摩利支天は日天の眷属とされることがあるのはリグ・ヴェーダのスーリヤとウシャスが元になっているからなんです。

 

摩利支天の姿

もともとのマーリーチは顔が3つ、手が8本ありました。三面八臂といいます。手が6本の像(三面六臂)もあります。他にも一面二臂、三面十二臂など様々なバリエーションがあります。

インドのマーリーチはこのような姿をしていました。

マーリーチ

出典:インド密教の仏たち

日本の仏像とはかなり印象が違います。インドの衣装なのでかなり薄着です。インドの女神カーリーを思い出す人もいるんじゃないでしょうか。

摩利支天は顔が三面

摩利支天は3つの顔をもつ神様でした。日本では三面とも人間の顔をしていることが多いです。でもインドのマーリーチは左顔(写真では向かって右)は猪の顔になっています。

出典:インド密教の仏たち

ヴァラーハの顔とよばれます。ヴァラーハとは荒ぶる猪の神です。ヴァーラーハという名前には野生の猪という意味があります。宝の番人だといわれます。ブラフマーやヴィシュヌが変身してヴァラーハの姿になることもあります。ヴァラーハは世界が作られたとき海に沈もうとする大地を支えた神様なんです。

顔や手が多いのはインドの神様の特徴

顔や手が多いのは密教の神の特徴です。ヴェーダ神話やヒンズー教などインドの神様は顔や手が多いものがあります。インドの神様には顔や手が多いのが特徴です。インドの人はたくさんある方がパワーが強いと信じていたようです。密教では仏教の世界観にインドの神々を取り込んだので顔や手が多い神様が増えました。

 

 

摩利支天は持ち物が多い

手には弓と矢、針と糸を必ず持っています。他には剣やアショーカ樹という樹木の花、索(ロープのようなもの)、金剛杵という武器を持つことが多いです。

マーリーチは弓矢は必ず持ってます。剣を持つことも多いです。戦う女神だったんですね。針と糸は悪人の口と目を縫い合わせて塞ぐ意味があります。

日本の摩利支天

マーリーチがインドから中国に伝わると名前は摩利支天とよばれるようになりました。服装も古代中国の武将の衣装のように変化しました。日本には平安時代に伝わったそうです。

日本に伝わる摩利支天はだいたいこんなイメージです。

姿は中国で作られた仏像がもとになっています。仏教では珍しい恐い天女なんですね。天女というより武将です。

日本では菩薩風のこういう摩利支天像もあります。

日本に伝わった摩利支天は様々な形に変化しました。

でも禅居庵摩利支天堂の摩利支天像は三面六臂で左面は猪の顔。七頭の猪の上に座っているといいます。もとになったインドのマーリーチに近い姿なんですね。

 

インドの女神は強かった

日本の仏教では女神はあまり出てきません。戦う女神はほとんどいません。摩利支天くらいです。

インド神話では女神がいくつも出てきます。8世紀以降、インド密教やヒンズー教では女神の人気が高まりました。ヒンズー教ではドゥルガーやカーリーなど悪魔と戦う女神も人気がありました。

勝利の女神・ドゥルガー

インド密教でもターラー(ターラカー、多羅菩薩)、マーリーチ(摩利支天)、マハーマーユーリー(孔雀明王)などの女神が人気があったようです。インド密教の女神の多くは日本に伝わったとき中性的な仏となりました。戦う女神の姿を残した数少ない神様が摩利支天なんです。

 

猪は摩利支天の眷属

眷属とは神様に仕えるものたちのことです。日本やインドでは神様が動物を従えていることがよくあります。神の意志を伝えるだけではなくて、神を守ったり、神の代わりに働くこともあります。下位の神様が上位の神様の眷属になることもあります。

摩利支天は猪を眷属にしています。太陽の前を素早く走り去る様子が突進する猪に例えられたと考えられています。

マーリーチは猪の顔を持っていると書きました。でも自分だけでなくマーリーチに従う眷属も猪の顔をしています。下の写真で足元にいる4人の神がそうです。いずれも女神です。名前はヴァルタリー、ヴァダーリー、ヴァラーリー、ヴァラーハームキーといいます。ヴァラーハームキーは「猪の顔をもつ者」という意味です。

出典:インド密教の仏たち

 

インドの神様は動物を乗り物にしていることが多いです。摩利支天は猪を乗り物にしています。マーリーチの足元を見ると七頭の猪が支えていますね。インドでは猪が車をひいていると考えられました。

日本では馬車に乗る習慣はありません。日本で像が作られるときは一頭の猪に乗ってる姿で表現されることが多いです。戦国時代になると武将が信仰することが多くなり、動物の背に乗った勇ましい姿の摩利支天が広まっていきました。

建仁寺禅居庵の摩利支天像は7頭の猪の上に座っているといわれます。

 

7は”完全”な数字

古代インドでは7は”完全””全体””秩序”を表す神秘的な数字と考えられていました。

摩利支天と関係の深いスーリヤは7頭の馬が引く馬車に乗っていました。マーリーチも7頭の猪が引く車に乗っていたといわれます。インド神話や仏教には他にも7頭の動物を従える神様は多くいます。

 

日本の摩利支天信仰

出典:密教の本―驚くべき秘儀・修法の世界

 

摩利支天は神通力を持ち、実体のない陽炎を神格化した女神といわれています。

平安時代に日本に伝わると護身、隠身、得財、開運のご利益があるとされました。

陽炎は捕らえることも傷つけることもできない。ということから戦国時代には武将に人気がでました。毛利家や前田家などの大名も信仰しています。

現在では開運・勝利の仏様として信仰されています。

ご利益:
人、獣、悪霊から身を守ることができるといわれます。盗難、水難、火難を避けることができるといわれます。隠された宝を見つけるとされたことから、財を得るご利益があるとされます。

猪を眷属としていることから亥年生まれの人の守り本尊にもなってます。

真言:オン・マリシエイ・ソワカ

 

日本三大摩利支天

日本に伝わる摩利支天で有名なものは三大摩利支天といわれます。

・徳大寺 日蓮宗。東京都台東区上野アメ横内にあります。
・禅居庵 臨済宗。京都府京都市東山区の建仁寺内にあります。
・宝泉寺 真言宗。石川県金沢市子来町にあります。 

それぞれ宗派も形も違うようです。比べてみるのも面白いかもしれませんね。

 - 神様仏様辞典