国宝・神谷神社は古代の聖地

神谷神社は四国では珍しい国宝の本殿をもつ神社です。

名前の神谷は「かみや」ではなく「かんだに」といいます。

訪れる人もまばらな知る人ぞ知る神社ですが、古代から信仰の対象になったとても古い神社なんです。

神谷神社があるのは香川県坂出市。崇徳上皇が晩年をすごした五色台の白峰山のふともとにあります。

五色台周辺は今では田園風景の広がるのどかな場所です。でも周辺には国分寺や讃岐府中という地名も残っているこからわかるように。古代には讃岐国の中心地だった場所です。

そんなかつての讃岐の中心地だった場所に神谷神社があります。

JR坂出駅から琴参バスの「王越行き」に乗り「高屋南」で降りればいけるようですが。

今回は自家用車で行ってきました。幸いにも香川県の幹線道路・国道11号線からも近いので近くまではすんなりいけます。

駐車場はないので付近の空き地に停めさせていただきました。

神社にむかって歩いていくと空き地があります。ここは神谷神社の御旅所だそうです。乗用車数台が停められる広さがあります。

神谷神社

 

しめ縄をはった石の柱が見えますね。ここから参りましょう。

神谷神社入り口

 

小さな川の横を歩いて本殿まで行きます。のどかです。

ハチが長宗我部軍から神社を守った?残念石

途中、石がありました。

傷がいくつも付いてます。

残念石

 

「残念石」といいます。

由緒書によると。

戦国時代の天正6年(1578年)、土佐の長宗我部軍が攻めてきました。長宗我部軍は狼藉しようとしましたが、熊蜂の群れがいたため社殿に近づけませんでした。兵たちは悔しがって近くにあった石に切りつけて退却したといいます。この石にできた傷は長宗我部軍が悔しがって付けた刀傷だったんですね。だから「残念石」と呼ばれています。

 

石造層塔

社殿の前には石の塔があります。凝灰岩でできています。

石を積み重ねて作ったような形です。

高さは2メートルほど。室町時代に作られたものだといいます。

江戸時代までは境内に清瀧寺がありました。その清瀧寺にあったものだといいます。

 

広場のようなところに出ました。国宝がある神社のわりにこじんまりしています。
石の鳥居が見えてきました。神谷神社の拝殿と本殿です。

神谷神社

鳥居越しに拝所を望みます。森のなかにひっそりとたたずんでいます。
威厳がありますね。

神谷神社拝殿

 

ちなみに赤い建物は本殿ではありません。本殿を拝むための建物。拝所です。本殿はこの奥にあるんですね。

緑に囲まれた朱色の拝所がきれいです。

神谷神社拝殿

拝所の奥にあるのが本殿です。

こちらが国宝です。

神谷神社本殿

この本殿は鎌倉時代の初期、建保7年(1219年)に建てられました。貴重な建物です。

建築年の分かっている流造の神社建築物としては日本最古のものです。鎌倉時代が日本最古とは意外な感じがします。神社の建物は建て替えることが多いので、古い建物がそのまま残ってるのは珍しいのですね。

神谷神社は鎌倉時代には正一位が与えられています。当時は格式の高い神社だったことがわかります。讃岐守護の細川氏のほか、安富氏、香西氏など讃岐の武家からも信仰が厚く様々な物が寄進されました。現在でも様々な文化財が残っています。

御祭神

御祭神は火結命 (ほむすびのみこと)。
別名は火之迦具土神(ひのかぐつちのみこと)。こちらの名前の方が有名かもしれません。

伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)との間に産まれた最後の神様です。

火之迦具土神を産んだ伊邪那美命は火傷を負ってしまい、それがもとで亡くなってしまいます。古事記では火之迦具土は、伊邪那岐命によって切られて死んでしまいます。

でも日本書紀に伝わる話では火之迦具土神は殺されません。のちに土の神様・埴山姫と結婚して大年神を生みます。

火之迦具土神は火の神様として日本各地の秋葉神社や愛宕神社にお祀りされています。

奥津彦命 (おくつひこのみこと)と奥津姫命 (おくつひめのみこと)をお祀りします。この二柱の神様は大年神の子供。つまり火結命のひ孫になります。カマドと火の神様です。

また。相殿に春日四神をお祀りします。

春日四神とは春日大社にお祀りされている四柱の神様。

経津主神 (ふつぬしのかみ)
武甕槌神 (たけみかづちのかみ)
天児屋命 (あめのこやねのみこと)
姫大神 (ひめおおかみ)
です。

 

古代の聖地・影向石

 

本殿の裏には穴だらけの岩があります。なんとも不思議なかんじの岩です。

これは影向石(えいこういし)という古代の岩倉なんですね。

影向石
神社の建物ができる前はこの岩が御神体でした。神様がこの岩におりて来てたんです。

不思議なかんじの岩を見れば、なにか特別な力があるのかもしれないって思いますよね。

この周辺からは弥生時代の土器や祭祀のあとも発見されており、古代から聖地だったことがわかります。

 

空海の叔父が作った神社?

 

この地は弥生時代から聖地でした。

神が集まる谷。というわけで神谷(かんだに)と呼ばれました。

大きな岩に神様が降りてくるので古代の人々はお祀りしていたんですね。

神社になったのはいつなのかはよく分かっていません。少なくとも平安時代にはあったようです。

平安時代の弘仁3年(812年)に、阿刀大足(あとのおおたり)が社殿を作って春日四神を相殿に勧請しました。

阿刀大足といえば弘法大師空海の叔父にあたる人物です。桓武天皇の皇子・伊予親王の学問の師匠にもなった学者です。空海の母が阿刀氏の出身でした。阿刀氏は讃岐でも力をもつ一族だったのでしょう。

阿刀氏はもともとは河内(大阪)や山城(京都)に本拠地をもつ一族です。地方豪族と縁組で各地に来た人もいたようです。そうした産まれたのが弘法大師空海なんです。

ここで空海の叔父が作った神社に出会うとは思いませんでした。

歴史を感じますね。

神谷神社は歴史のある聖地。でもほとんど知られていないので訪れる人はまばらです。境内もこじんまりとしていて、あまり目立ちません。人知れずひっそりとたたずんでいます。

でも山と緑に囲まれた神聖な感じがします。古代の聖地という雰囲気がしますね。

神聖な場所に行きたいけど、人の多いところは苦手という人は訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 

神谷神社の情報

御祭神
火結命 (ほむすびのみこと)
奥津彦命 (おくつひこのみこと)
奥津姫命 (おくつひめのみこと)

住 所 :香川県坂出市神谷町621

 

アクセス

駐車場:なし

香川県坂出市神谷町621