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七五三の意味・どんな行事?いつ行けばいいの?

七五三

七五三(しちごさん)は子供の成長を願う行事です。

その名前の通り3歳、5歳、7歳の子供を成長を祝います。

子供はかわいいものです。誰もが我が子が元気ですくすく育って欲しいと思うでしょう。そんな親心はどの時代も同じ。

明治時代の初期(明治11年、1878年)。日本を旅したイギリス人旅行家 イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird)は「日本奥地紀行」という旅行記に「自分の子供をこれほど可愛がる親たちをこれまで私は見たことない」と書いています。彼女が目撃したのは子どもたちが着飾って大人たちに連れられて神社仏閣に参拝している風景でした。

イギリス人からみても日本の七五三はとても子供を大切にしていることが伝わる行事だったようですね。

七五三は古くから子供の成長を祈り・祝う行事として人々に親しまれています。その七五三は時代を超えて今でも大切な行事イベントとして行われています。

それほどまでに広まっている七五三とはいったいどんな行事なのか、どんなことをすればいいのか紹介します。

目次

なぜ七五三をするの?

昔。医学が未発達で、衛生状態、栄養状態がまだ十分ではなかった時代。乳幼児の死亡率は今よりもずっと高かったのです。

病気や怪我をしても十分な治療が受けられませんし、治す技術もあまりありません。運に任せるしかない部分も多かったのです。

そのため「7歳までは神のうち」と言われます。子供は魂の世界の住人とも人の世界の住人とも定まっていない不安定な存在。子供の魂はもともとは神様のもの。ちょっとしたことで魂の世界に戻ってしまう。なにかの理由で神様が子供を連れ帰ってしまうと考えられていました。

子供は生まれて当たり前の存在ではありません。神様からの授かりもの。尊いもの。と考えられていました。

そこで子供が節目の年齢になると子供の成長を神様に感謝して。今後も健康で生きられるように祈願する「七つ子祝い」という行事がありました。七つ子祝いにそれぞれの成長にあわせて子供の成長を祝う行事が一緒になり七五三になりました。

現在ではとくに「七つ子祝い」を祝いをすることはありませんが、七五三として残っています。

七五三はどうすればいいの?

子供の数え年で祝う

七五三をするのは子供が数え年で3、5、7歳になったとき。このときの年齢は、普段私達が使っている満年齢とは違います。数え年で行います。

満年齢と数え年の違いはこうです。

満年齢:生まれたときは0歳誕生日が来ると1つ歳が増える。

数え年:生まれたときは1歳正月がくると1つ歳が増える。

だから数え年は満年齢よりも1歳、場合によっては2歳多いこともあります。
 例えば12月1日に生まれた子が、年があけて1月1日になった場合。満年齢ではまだ0歳ですが。数え年では2歳です。12月の間は1歳で正月がくると一つ歳を取るからです。

というのも明治以前の日本では数え年が普通でしたし。庶民の間では「誕生日」はまだ一般的ではありませんし、気にしなくても問題にはならなかったからです。

明治になって欧米を見習って政府が満年齢で数えるように決めてから、今のような数え方になりました。だから古い習慣は数え年の事が多いのです。

でも地域や神社によってはしきたりが違うこともあるので。気になる方は神社に聞いてみるとよいでしょう。

七五三をする年齢

3歳(男・女)

男女ともにまず3歳でお祝い。髪置(かみおき)、髪立(かみたて)といって鎌倉時代の公家や武家の儀式がもと。昔は3歳までは頭を剃っていました。子供が2~3歳で髪をのばし始めます。「もう赤ん坊ではない」という意味があります。

5歳(男)

5歳になると男の子がお祝い。男の子にはじめて袴(はかま)を履かせる儀式。袴着(はかまぎ)がもとになっています。平安時代には3歳で行っていましたが、後に5歳(7歳の地域もあり)で行うようになりました。

江戸時代には男の子を碁盤の上で吉方位を向いて立たせ、袴をはかせました。その後、氏神様にお詣りに行き、親類縁者を訪問してお披露目しました。

7歳(女)

7歳になると女の子がお祝い。帯解き(おびとき)といって、幼児用の紐付きの衣から帯でしめる着物に着替える儀式がもと。着るものが変わり、幼児から女児(娘)に変わったことを祝います。

吉方位(恵方)を向いて立って、帯を結います。
男の子にも行う地域もあります。

地域や神社によっては違うこともあるので最寄りの神社で聞いているといいでしょう。

 

七五三参りの時期はいつ?

11月に入ればいつ行ってもいいです。

11月に入ると吉日を選んで行っていました。

江戸時代の途中から5代将軍徳川綱吉の子・徳松の祝を11月15日に行ったのにちなんで、11月15日行うのが広まり。江戸時代の後半には11月15日が定着したと言われます。

旧暦11月15日が「二十八宿の鬼宿日」といって陰陽道では縁起の良い日。お祝いごとをするには何事にも良い日だったから。ちなみに2022年11月の鬼宿日は11日です。

また旧暦で15日は必ず満月になるので神様にお祈りするのはちょうど良い日だったというのもあります。

最初は武家の習慣でしたが、江戸時代の中頃になると江戸庶民の暮らしも豊かになり町民の中にも着飾って祝う人がでてきました。

そのため七五三は関東を中心に流行り。その後、京や大坂に広まり。その後、全国に広まったといわれます。

11月は産土神に秋の収穫を感謝する季節。日ごろの神様へのお礼も込めて子供をつれて参拝に行くようになりました。

旧暦では11月15日は必ず満月になるのですが。現代の私達が使っている新暦(グレゴリオ暦)では15日が満月になるとは限りません。そのため5日にこだわる必要はありません。神社も11月になればいつも受けて付けています。

どこに行けばいいの?

七五三でお参りに行くのは神社です。

一般的には産土神や氏神様です。

産土神(うぶすなのかみ)とは生まれたときの場所を守っている神様。その土地で生まれた人が他の場所に行っても守ってくれると言われています。

氏神(うじがみ)とはもともとは一族の守護神でしたが、一族に関係なくその土地で住んでいる人を守っている神様のことを意味するようになりました。

産土神も氏神様もその地域で暮らす人々見守っています。昔は人は生まれた場所からあまり移動しなかったので産土神=氏神でしたが。今では移動することが多いので産土神と氏神が違うことも多いです。

神社側ではとくに区別はしていません。信仰している人からみた呼び方なので、一つの神社でもある人からみたら氏神ですし別の人にとっては産土神になるのです。だからどちらにお参りに行ってもいいです。

もちろん、かかりつけ医のように普段からお参りに行っている神社があればそこに行くのがいいです。

 

 

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