護法魔王尊の正体(1)宇宙のエネルギーと天狗

魔王殿

鞍馬山の山奥、僧正ガ谷には「魔王殿」があります。鞍馬山の奥の院ともいわれます。

魔王殿に祀られているのは「護法魔王尊ごほうまおうそん」という神様(鞍馬寺では尊天そんてんと表現しています)です。

「鞍馬寺」というくらいですから仏教ですよね。鞍馬山は毘沙門天や観音信仰といった仏教の聖地として信仰されただけはありません。山岳修行の場所としても長い歴史を誇ります。

でもなぜお寺に祀られているのが「魔王」なのでしょうか?

仏教での魔王は修行者の修行を妨げる煩悩の化身です。仏教は最も嫌うはずの魔王が「」として祀られているのはなぜでしょうか?

護法魔王尊の正体を紹介します。

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護法魔王尊とは宇宙・生命のエネルギー

現代の鞍馬寺の説明では護法魔王尊は「大地の霊王」と表現されています。

母なる大地、地球の大地のエネルギーをあらわしたもの。とされます。

鞍馬では私達の暮らす地球、その地球を取りまく宇宙。そのすべてに生命エネルギーが満ちていると考えます。

その中の大地のエネルギーが神仏の姿になって現れたのが「護法魔王尊」なのです。

日本仏教で「山川草木悉皆成仏そうもくこくどしっかいじょうぶつ」という教えがあります。弘法大師・空海が広めた教えといわれます。真言宗だけでなく天台宗や他の宗派にも広がりました。山や川、草木にもみんな仏が宿っている。人間だけでなく、動物や草木など命を持つものも、石など命を持たないもみんな成仏できる。という意味です。

日本では古来より、山や岩、草木にも「カミ=魂」が宿ると考えられました。だから「山川草木悉皆成仏」という考えも広まりやすかったのでしょう。

仏教と神道が融合した考えです。というとなにやら古い考えのようですが。

宇宙にはエネルギーが満ちている。私達一人ひとりの中にも宇宙があり、外の宇宙とつながっている。宇宙のエネルギーと私達はつながることができる。

というスピリチュアル世界の考えと同じなのです。言葉が違うだけで言ってる内容は同じなんですね。

したがって

護法魔王尊は大地のエネルギーを擬人化したもの。

といえますね。

つまり魔王殿がある場所は大地のエネルギーが強い場所。ということです。

金星からやってきたサナト・クマラ

ところで「護法魔王尊は金星からやってきた」という話をきいたことはありませんか?

これは昭和22年(1947年)に鞍馬寺が天台宗から独立したあと広まった考えです。独立後は「鞍馬弘教」という宗派として活動しているようです。

鞍馬弘教には「護法魔王尊はサナト・クマラである」という考えがあります。

オリジナルはインドの神様

サナト・クマラとは「永遠の若者」という意味のインドの神様。ヒンズー教では創造神ブラフマーの息子です。少年の姿のままで一生独身を貫きました。ブラフマーの宇宙創造を手伝ったあとは宇宙をさまよい、ヴィシュヌやクリシュナ、シヴァの神話にも登場します。

スピリチュアルな世界

神智学の世界ではサナト・クマラは地球の創造主ロゴスから派遣された霊的指導者(マハトマ)とされます。1850万年前に金星からやってきました。人類の進化をサポートしているとされます。

この神智学の考えが「ニューエイジ」の元になっています。ニューエイジとは1960年代以降アメリカで始まった精神(スピリチュアル)世界の流行のことです。ニューエイジではサナト・クマラはアセンテッドマスターとされます。アセンテッド・マスターとは「人の魂を高次元の存在(ハイアーセルフ)に導くためのサポートをする存在」です。

これだけ聞くとわけがわからないかもしれませんが。要するに「人間の修行を助けてくれる指導霊」です。ご利益のある神様ではありません。

鞍馬弘教では「護法魔王尊は650万年前に金星からやってきた」とされ。鞍馬(クラマ)は「クマラ」から変化した言葉とされます。

ニューエイジは日本では平成~令和時代に流行りました。鞍馬では昭和の戦後しばらくして、その元になる考えを取り入れていたんですね。

鞍馬山魔王尊は天狗の神

護法魔王尊の姿かたちは鼻が長くて天狗のようです。

それもそのはず。江戸時代までは鞍馬山の魔王尊は天狗でした。

でも、ただの天狗ではありません。

鞍馬山は天狗伝説で有名です。能の「鞍馬天狗」にも登場します。鞍馬天狗では鞍馬山の大天狗が牛若丸(源義経)に武芸を教えました。

ちなみに時代劇の鞍馬天狗は関係ありません。

天狗は山伏

なぜ鞍馬山に天狗が住んでいるかというと、鞍馬山は山岳修行の場所だったからです。山で修行する山伏の姿は天狗そのもの。室町時代にできた「太平記」や様々な書物にも天狗が山伏に化けたり、山伏が天狗になったりする話があります。修験道の盛んな山に伝わる始祖伝説には「超人的な修行者が転生して天狗になった」という伝説があります。

室町時代には 天狗=山伏 のイメージができたようです。

とはいえ衣装が似ているからといって、人間が簡単に天狗になれるわけではありません。天狗は人智を超えた神のような力を持つ存在だからです。あくまでも歴史に名が残る超人的な人だけがなれたのです。

天狗と山伏がどれほど結びついていたかというと、天狗伝説のある山は確実に山岳修行の場所だったことからもわかります。

鞍馬天狗の正体は実在の僧侶?

鞍馬山には「鞍馬山僧正坊」という大天狗がいます。八天狗にも数えられる最強クラスの天狗です。

鞍馬山僧正坊は「鞍馬天狗」で牛若丸に武芸を教えたあの天狗です。

ところがこの鞍馬山僧正坊はもとは壱演僧正いちえんそうじょうという人間だったのではないかといわれます。

壱演僧正は平安時代に実在した僧侶。皇太后や関白・藤原有房の病気を直した真言宗の僧侶です。南都七大寺のひとつ超昇寺の座主に任命されましたが出世を好まず、鞍馬山の山奥に籠もって修行の日々をおくりました。壱演はやがて船で海に乗り出し戻ってきませんでした。人々は壱演は冥界に旅立ったのだと噂しました。その壱演が暮らした場所が「僧正ガ谷」です。

もともと高い法力があった高僧が修行の末、冥界に旅立ち大天狗になって戻ってきたのが「鞍馬山僧正坊」だというのです。

修行者が天狗になったという話は他にも秋葉山、金比羅山、高野山などにあります。

鞍馬天狗は護法魔王尊の部下

天狗界でもトップクラスの「鞍馬山僧正坊」。ところがこの僧正坊には上司の天狗がいました。それが「護法魔王尊」です。

八天狗に選ばれる大天狗ですら護法魔王尊の配下になってしまうのです。

護法魔王尊は天狗社会の「神」だったのです。

天狗信仰は平安時代ごろから広まったと言われます。山に住む鬼神のような能力をもった存在。と信じられていました。

でもそれだけでは「護法魔王尊」が天狗の姿をしている理由にはなっても「魔王」の名前が付いている理由にはなりません。

なぜ天狗の神が魔王なのか

この続きは次回お話します。

護法魔王尊の正体(2)天狗の神と山の神

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