パワースポットは危ないから行かないほうがいいのは本当なの?

明治神宮の清正の井戸が汚れれているから行かないほうがいい。
人気のパワーストットは汚れているからいかない方がいい。

という話を聞いたことがあります。大勢の人が行くからその場が汚れてしまったそうです。

でも本当でしょうか?

大勢の人が集まることで悪い気がたまるなんてことがあるのでしょうか?

たしかに人気のパワースポットは大勢の人がお願い事をします。欲望が溜まるからいけない?でもそれって悪いことでしょうか?

パワースポットに他人が行くのは悪くて自分が行くのはいいのでしょうか?

なんだかおかしいですよね。

 

人が集まる場所にはエネルギーが満ちている

お祭りは神様の充電

パワースポットの話をする前にお祭りの話をしましょう。

関係ないと思うかもしれませんが、人が願いをかなえる場所という意味では同じものだからです。

お祭りは大勢の人が集まる賑やかな場所ですよね。
でも人間の願望が集まる場所でもあります。

都会に住んでる人は、

お祭り=楽しい場所

としか思ってないかもしれません。

イベント化されたお祭りや儀式化されたお祭りだけを見てたらわからないかもしれません。

もともとお祭りは一年の収穫を感謝する行事です。でも豊作を祈願する行事でもあるんです。現在では豊作以外にも様々な理由でお祭りが行われています。

商店街の繁栄だったり、鎮魂だったり、理由は様々ですがお祭りは人々の願望が集まる行事なんですね。お祭りのパワーはすごいです。人間嫌いの人がみたら怖いと感じるようなエネルギッシュなお祭りもあります。ある意味野性的なパワーが発散される場所です。

神様はあふれるエネルギーが大好きです。

ケガレとは本来は「気枯れ」の意味。「気」とは「エネルギー」と考えてください。気枯れとは生命エネルギーがが不足してる状態です。
生命力のない状態が「ケガレ」なのです。死は生命のエネルギーが尽きた状態だから最悪の「ケガレ」。そこから死に関係しそうなものは穢れとして嫌われるようになりました。

逆に、生命力が足りてる状態が「ケ」。
一般にはケは日常と考えられていますが、それは生命力が足りてるから日常になってるという考えがあるからです。

生命エネルギーが足りなくなったら日常ではなくなります。そこでエネルギーを補充しなくてはいけません。

それが「ハレ」の状態。つまりハレとはエネルギーを補充してるときのことなんです。

祭りはハレの場です。

エネルギーが不足すると神様もパワーを発揮できません。

そこで人間がエネルギーを出し合って神様に補充するのがお祭りなんです。もちろんそこには感謝も含まれています。神様が恵みを与えてくれた感謝のお礼として人々のエネルギーを差し上げるのがお祭りなんです。

神様の充電のようなものですね。

初詣はけがれた場所なの?

人が大勢来て願いをする場所が汚れた場所なら。初詣も汚れた場所なんでしょうか?

初詣は一年の無事や願いを祈願するために行く人が多いと思います。とくに初詣は大勢の人が集中します。欲望の溜まり場になってしまいます。

確かに初詣は危ないと言う人はいます。そういえば昔読んだ漫画にそういう場面がありましたね、うしろの百太郎だったかな?

でも、それはおかしな話です。

初詣や神社仏閣参りもお祭りと同じです。お祈りすることで神様にエネルギーを送ってるのです。お祭りみたいに活動的に動いてるわけではありませんから、ささやかなパワーかもしれません。でも大勢で行えばそれなりのエネルギー補充にはなります。

それでも悪い場所なんでしょうか?そうではありません。

むしろ生命のエネルギーが溢れる素晴らしい場所なんです。

人の集まるパワースポットは危険なのか

人の集まるパワースポットもお祭りや初詣と同じです。

お祭りや初詣は極端な例えかもしれません。わかりやすいと思って書いてみました。
でもパワースポットも考え方は同じです。

願いをする場所が危ないなんてことはありません。
大勢の人がお願いをするからといって危なくなるなんてこともありません。

神道には中心になる教えがないので何がよくて何が悪いのか分かりづらいです。

でも、仏教でも欲そのものが悪とは言ってません。

仏教には「中道」という教えがあります。お釈迦様は快楽にのめり込むのも良くない、自らを苦しめる極端な修行もよくない。バランスが大事だと説いてます。

苦しみを生み出すものは「煩悩」です。煩悩とは欲への執着です。欲そのものではありません。

お願いをすること自体は悪くないのです。だからお願いをする場所が危険なんてわけがありません。

それを言えばほぼすべての宗教は否定されます。宗教とは人の願望と救いが原動力になっているからです。

そもそもパワースポットに行きたいと思うのは、あなたに願望があるからですよね。大勢の人が来るパワースポットが穢れた場所だというのなら、願望を持つこと自体が罪悪になってしまうのではないでしょうか。

自分が願いをするのはいいこと。
でも大勢の他人が願いをするのは穢れた行為。

それは単なるエゴです。
パワースポットが穢れているという人の心が汚れているのです。

場が穢れる(けがれる)とき

でも、まったく穢れた場所がないのかというと。残念ながら穢れた場所はあります。

それは人がネガティブな気を発散している場所です。

人を呪ったり。
人の不幸を願ったり。
殺意をもったり。

とにかく不幸を呼ぶようなことを願ってる人が多く集まる場所は悪い気がたまってしまいます。

だって、悪くなるように願っているのですから。不幸を引き寄せようとしているのです。そのような場所なら、そこに行った人が不幸をもらってくることはあるかもしれません。

恨みを持って死んだ人が多い場所とかも良くないですね。

パワースポットに行って人の不幸を願う人がどのくらいいるかはわかりません。
でも普通はいないと思います。

例えば明治神宮のパワースポット清正の井戸は呪いをかけに行く場所なんでしょうか?

違いますよね。

人の不幸を願ってる人が集まるところは危険かもしれません。
でも、そうでないなら気にすることはないですよ。

僕自信も人気の多いところは苦手ですが

確かに僕自身も人の多いところが苦手です。どこに行くにも混雑してる時間帯は避けることが多いです。

それはザワザワとした音が苦手だったり、自分の居場所が確保できないのがしんどいとか、物理的な条件が自分に合わないからです。

また、神経過敏なところがあって刺激の多いところに行くと耳鳴りがして疲れるという事情もあります。

待たされるのが嫌い、並ぶのが嫌という個人的なわがままもありますけどね。

だから人気スポットにはすいてる時間帯を見つけて行ってます。

そうしたら気分よくお参りできるんですね。

つまり人が多いところに行きたくないというのは僕個人の都合でしかないんです。

賑やかな場所が苦手という人はいます。騒がしい場所が嫌いという人もいます。

程度の差はあっても同じように感じる人は多いのではないでしょうか。

でもそれはパワースポットが汚れているとか、悪い気が満ちてるとか関係ないんです。

個人の都合や考え方に原因があるからです。

問題があるのは人の心

好き嫌いや個人の都合とパワースポットの汚れを一緒にしてはいけません。

人が多く集まるということは大勢の人が願いを持ってやってきてるということです。願いをもつのは悪いことなんでしょうか?

さらに言えば。

他人がお願いをするのは悪いことで
自分がお願いをするのはいいのでしょうか?

それはあまりにも身勝手です。

問題があるとすれば、人がお願いをしているのを妬む心なんですね。

汚れているのはそんなことをいう人の心なんです。

人が大勢来たせいで物が壊されたり、物理的に汚されたり、環境が破壊されてるなら困りますよね。
どちらかというと、人が多く来て環境が破壊される方が問題です。残念ですがマナーの悪い人も一部にはいますから。

富士山は登山者が多すぎてゴミが多くなったり物理的に環境が破壊されているといいます。でも富士山がスピリチュアル的に汚れているとは聞いたことはありません。

 

清正の井戸とその周囲はきれいでした。都会の真ん中できれいな水が湧いてるのは感動的です。

「パワースポットは汚れているから行かないほうがいい」
そんなことをいう人は 人間不信 になってるのではないでしょうか?

あくまでも僕の感想ですが。精神世界にハマる人の中には人嫌いで想像の世界に逃げてる人もいるように見受けられます。おそらくそのような人が言うのでしょう。

パワースポットが汚れているなんて心配することないと思いますよ。
あなたが行きたいと思うなら、行った方がいいと思います。

もちろん、マナーを守って迷惑はかけないようにしてくださいね。自然環境も大切にしましょうね。